大阪地方裁判所 平成11年(モ)57026号 決定 2000年5月22日
債権者
大久保美里
債権者
山岡久美
右債権者ら代理人弁護士
西岡芳樹
岩永惠子
河村学
債務者
ザ・ディベロップメント・バンク・オブ・シンガポール・リミテッド
(シンガポール・デベロップメント銀行)
右日本における代表者
ウォン・シー・メン
右代理人弁護士
福井富男
内藤潤
松岡政博
主文
一 債権者らの債務者に対する大阪地方裁判所平成一一年(ヨ)第一〇〇六〇号地位保全等仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成一一年九月二九日にした決定のうち、主文第一項を取り消す。
二 債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。
三 申立費用は、保全異議申立ての前後を通じ、債権者らの負担とする。
理由
第一申立て
一 債権者ら
債務者の申立てを棄却する。(主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分命令」という。)の認可を求める趣旨である。)
二 債務者
主文と同旨
第二事案の概要
一 前提事実(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)
1 債務者は、シンガポール共和国に本店をおく銀行であり、日本では、東京都千代田区有楽町に東京支店を、大阪市中央区心斎橋に大阪支店をそれぞれ開設し、普通銀行業務を主とする営業活動を行ってきた(以下、右両支店を総称するときは「在日支店」という)。
債権者大久保は平成八年六月三日、債権者山岡は平成二年一二月一八日、それぞれ事務職員として債務者大阪支店に雇用された。(<証拠略>)
2 債務者は、平成一一年三月三日、日本銀行と金融監督庁に大阪支店の営業活動を終了する旨の通知を行い、同月四日、債権者ら大阪支店従業員に対し、同年六月ないし七月頃に大阪支店を閉鎖する、債権者らの雇用については、東京支店への転勤はなく、後日希望退職者募集を含む提案をすると発表した。
同年四月五日、債務者は、大阪支店全従業員に対し、希望退職者募集に応じるよう要請し、希望退職者を募る条件(以下「希望退職パッケージ」という。)として、<1>大阪支店就業規則二四条二項所定の自己都合以外の退職とする退職一時金に加え、追加退職金として同年六月一日時点における基本給及び職務手当の各六か月分を支給、<2>未消化の年次有給休暇の買い上げ、<3>同年夏季賞与の比例割合分の支給、<4>転職斡旋サービスを行うことを提案した。(<証拠略>)
その後、債権者らとその所属する外国銀行外国商社労働組合(以下「組合」という。)とは、東京支店への配置転換を求めて債務者と数度にわたって交渉したが、債務者は、最終的に当初の希望退職パッケージのうち、通常退職金の五割増とし、追加退職金を六か月分から一二か月分に増額する等の上乗せをしたものの、これに応じなければ解雇する旨述べて、東京支店への配転要求は拒否した。
3 債権者らが、債務者の希望退職募集に応じなかったところ、債務者は、債権者らに対し、同年六月八日、債権者らを同月一五日付で解雇する旨の解雇予告の意思表示をし、同日債権者らは解雇された(以下「本件解雇」という)。
なお、債務者が、本件解雇に先立ち、東京支店で希望退職者を募集することはなかった。
4 大阪支店就業規則一八条には、(産休)「女子行員は請求すれば、分娩予定日前六週間の無給欠勤が認められる。さらに出産後八週間の無給休暇を受けることができる」との規定があり、また、同規則一七条四号には、(欠勤)「行員は請求すれば、育児あるいは負傷、疾病又は精神上の障害のある直接の家族の介護のため、一年間までの無給欠勤が認められる」との規定がある(<証拠略>)。
債権者山岡は、平成一一年一〇月に出産予定であり、債務者に対して産休及び育児休業を希望する旨通知していた(<証拠略>)。
二 本件は、債権者らが、本件解雇はいわゆる整理解雇であるところ、債務者には大阪支店閉鎖の必要性はなく、そうでないとしても、東京支店で希望退職者を募集するなどの解雇回避の努力を怠っており、解雇理由も十分に説明されていないとして、本件解雇が解雇権の濫用で無効であると主張し、債務者に対し、従業員としての地位保全や賃金の仮払を求めた事案である。
1 本件の主要な争点は、本件解雇が有効か否か(争点1)であるが、これが認められたときには、債権者山岡の産休及び育児休業期間中の賃金債権の有無(争点2)が問題となり、さらに保全の必要性(争点3)も争点となる。
2 債権者らの主張は、本件仮処分命令の申立書、各準備書面(平成一一年六月三〇日付、同年七月一五日付、同年八月四日付、同年八月一七日付)及び本件異議事件における答弁書(同年一二月六日付)記載のとおりであり、債務者の主張は、本件仮処分命令の申立てに対する答弁書、準備書面(一)ないし(三)(平成一一年六月三〇日付、同年八月四日付、同年八月三〇日付)、保全異議申立書、本件異議事件における準備書面(一)及び(二)(平成一二年一月二一日付、同年二月四日付)記載のとおりであるから、これらを引用する。
第三判断
一 整理解雇の要件について
本件解雇は、大阪支店閉鎖によって余剰人員となった債権者らを人員整理のために解雇するというものであるから、いわゆる整理解雇に該当するところ、かかる整理解雇が有効と認められるためには、第一に、人員整理の必要性が存すること、第二に、人員整理の手段として解雇を選択することの必要性が存すること(使用者が、解雇回避のための努力をしたこと)、第三に、被解雇者の選定が合理的であること、第四に、解雇の手続が妥当であること(使用者が労働者や労働組合に対して、人員整理の必要性等について説明や協議を行ったこと)が必要であり、整理解雇が有効か否かはこれらの要件該当性の有無、程度を総合的に考慮して判断されるべきであると解する。
債務者は、整理解雇にこのような要件を要求することに対し縷々論難を加えているところ、なるほど民法や労働基準法は解雇権の行使に何らの制約を加えていないが、解雇権の行使といえども、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には権利の濫用(民法一条三項)として無効とされるべきことはいうまでもないことである。そして、長期雇用を一般的な基盤とするわが国の雇用制度のもとでは、期間の定めなく雇用される労働者は定年までの終身雇用を期待するのが通常であり、そのことはわが国の現在の社会通念になっていると考えられる。他方、整理解雇は、使用者側の経営上の理由のみに基づいて行われるものであり、その結果、何らの帰責事由もなしに労働者の生活に直接かつ重大な影響を及ぼすのであるから、右のような社会通念に照らすと恣意的な整理解雇は到底是認できるものではなく、その場合の解雇権の行使が一定の制約を受けることはやむを得ないことというべきである。
人員整理の必要もなくなされた解雇が不当であることはいうまでもないし、人員整理の必要が認められるとしても、解雇によって労働者が被る影響を考えると使用者には解雇に先立ちこれを回避するための方策を講じるべき努力義務があるというべきであり(ただし、努力義務の内容は一律に定まっているというものではなく、具体的状況に応じて使用者の取った方策の当否が検討されるべきである)、また、その人選が合理的なものでなければならないことも当然のことである。さらに、労使間の信義という点からすると、使用者には、当該解雇が恣意的なものでないことを労働者ないし労働組合に納得させるべく説明や協議を行うべきことも要請されるというべきである。これらの各要件は、使用者側の経営上の理由のみからなされる整理解雇の特殊性に鑑み、使用者の恣意的な解雇を排除するために必要と解されるところを類型化したものであり、整理解雇が、客観的に合理的な理由を有するものであるか否かは、これらの要件に即し、かつ、最終的にはこれら要件該当性の有無、程度を総合して判断されるべきが相当であって、これを不要とする債務者の主張は当裁判所では採用しない。
二 そこで本件解雇が右の各要件を満たすか否かについて、以下検討する。
1 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 債務者は、昭和四三年、シンガポール政府が、国の工業化政策推進のため、民間資本参加のもとで、開発資金融資を専門に行う銀行として設立したものであり、その後、商業銀行業務等に進出し、現在はシンガポール四大銀行の一つとなっている。インドネシア、タイ、フィリピンなどの銀行を買収し、平成一〇年には、政府系の郵便貯蓄銀行を吸収合併するなどして東南アジア最大の地位を確立しており、シンガポール国内の主要地及び海外に支店網を有している。
債務者は、昭和五二年に初の海外支店として東京支店を開設し、さらに、昭和五九年に関西以西の西日本地区における取引先開拓と同地区のシンガポールとの貿易業者等に対するサービス提供を目的として大阪支店を開設した。
在日支店における近年の業績は、いわゆるバブル経済崩壊等の影響を受けて低迷しており、これを平成五年度以後の経常利益(各年度の三月期における年度実績)で見ると以下のとおりであった(括弧内は大阪支店の業績である。なお、平成一一年度は事業税処理を前年度以前と同様に処理した場合の数値である)。
平成五年度 六億六六〇〇万円
平成六年度 四億一四〇〇万円
平成七年度 三億八五〇〇万円
平成八年度 一億一八〇〇万円
(五七〇〇万円)
平成九年度 四億四六〇〇万円
(五五〇〇万円)
平成一〇年度 八億〇一〇〇万円
(二七〇〇万円)
平成一一年度 二億七二〇〇万円
(一〇〇万円の赤字)
また、右同期の貸出金残高及び総資産の推移は以下のとおりであった。
貸出金残高
総資産
平成五年度 一五五四億八一〇〇万円
一九八六億一〇〇〇万円
平成六年度 九五七億一七〇〇万円
一七二八億〇六〇〇万円
平成七年度 八八一億九三〇〇万円
一〇八九億二九〇〇万円
平成八年度 一六三五億九〇〇〇万円
二二九八億六七〇〇万円
平成九年度 一九一五億九三〇〇万円
二九二九億四二〇〇万円
平成一〇年度 一一四九億〇三〇〇万円
二三六二億五〇〇〇万円
平成一一年度 四一五億六〇〇〇万円
一六三三億〇九〇〇万円
在日支店の経常利益は平成八年度まで減少し続け、平成九年度及び平成一〇年度にはその増大が見られたが、これは、その頃、邦銀が自己資本比率改善のため売却した短期貸出資産を在日支店が買い取り、貸出を増やしたこと及び邦銀破綻に起因する信用不安から短期の銀行間資金運用の利幅が一時的に拡大したため、在日支店が債務者本店から資金借入をして積極的な資金運用を行ったことによるもの(その各前年度に当たる平成七年及び平成八年の貸出金残高や総資産も増大している。)で、一時的な要因によるものであった。
債務者では、長引く不況やバブル崩壊、アジア諸国の経済危機等の影響による企業信用の低下とそれに伴う与信リスクの高まりなどから、在日支店に対して資本利益率改善や与信の見直しを要請しており、平成九年末頃には、在日支店宛に優良企業以外は新規融資は承認しないとの通達を出すなどした。このため在日支店では高リスク融資の削減や長期融資の回避などで貸出を大幅に圧縮せざるを得なくなり、平成一〇年度及び平成一一年度の貸出金残高は連続して対前年比で大幅に減少するなどして利息収入が激減した結果、平成一一年度の経常利益は大幅に減少することになった。
債務者では、平成六年三月に債務者の本部で獲得したドル建融資を大阪支店に記帳しており、同支店の収益には右融資からの収益分も含まれていたが、それにもかかわらず、関西地区における経済地盤の沈下といわれる現象も加わって、平成八年度以降で見ても、同支店の経常利益は毎年減少し続け、平成一一年度には赤字に転落している。
その後も企業の資金需要は弱く、利幅の厚い新規優良貸出や短期の銀行間資金運用の機会も乏しいため、平成一一年一月から五月までの月次の経常利益の推移でも、大阪支店では一月及び二月以外、数十万円単位でわずかながら黒字を計上しているものの、東京支店では、一月及び四月を除き赤字を計上している。
なお、この間、債務者は、平成九年七月に大阪支店長山下が退職した際、経費節減のため東京支店長が在京のまま大阪支店長を兼務することとして山下の後任を補充せず、あさひ銀行からの出向者山口昇次を副支店長に昇格させて同人を実質的な責任者とした。これに伴い、債務者では、山下が担当していたスイフト(海外との電信のコンピユーターシステム)による資金送金や電信送金のためのテストキイ(電信で海外などへの指示を出す場合の暗号)管理の問題を軽減する必要から大阪支店の市場からの資金調達、輸出、外国送金取引を東京支店に集約することとし、その作業が同年二月頃から行われた。
債務者は、以上のような在日支店の収益状況等に加え、大会社の多くが東京に本社を構えていること、都市銀行や大規模地方銀行も為替取引処理のために東京に事務所を有しているが東京支店は都市銀行と親密な関係を築いていること、在日支店でも貿易取引はすべて東京支店に集約してきており、経済に大きな構造的変化がない限り、大阪で新たな収入源の獲得は期待できず、むしろ人件費等営業費用のみ引き続き増加すると見込まれること、大阪の現在の業務は東京で処理できると判断されることなどから、もはや大阪支店を維持する理由はないとして、平成一一年一月七日、大阪支店閉鎖の方針を決定した。
債務者は同年三月一五日、金融監督庁長官宛に大阪支店廃止認可の申請を行い、同年四月一六日、右申請は認可された。
(二) 在日支店ではそれぞれ独立採算制が取られており、大阪支店は閉鎖に至るまでの間、税引後利益を本店に送金することなく同支店に留保してきた。
在日支店における従業員は、各支店独自に支店所在地近郊の居住者から、採用支店に勤務地を限定して採用しており、大阪支店では中途採用が中心であるのに対し、東京支店では新卒者を中心としてきた。それぞれの地域の物価水準や給与水準等の違いから初任給等従業員の賃金も異なる。
債権者両名も中途採用であり、大阪支店で雇用する旨明記した書面による申入れを承諾して債務者に雇用された。
在日支店間における人事交流は、大阪支店開設時に東京支店から大阪支店に従業員一名が転勤した以外には存しない。
平成一一年六月八日の大阪支店従業員数は、一般行員六名と支店長及び副支店長であるが、右支店長及び副支店長はいずれも東京支店の同じ役職を兼務しており、大阪支店には常駐していない(前記のとおり、前大阪支店長山下は平成九年七月に退任し、その際副支店長に昇進した山口も平成一一年一月に退任しているが、債務者は後任を補充しなかった)。
同支店における一般行員数の推移は、平成六年が九名、同七年ないし九年が八名、平成一〇年が七名、平成一一年が六名というものであった。
他方、平成一一年六月八日現在の東京支店の従業員数は、一般行員一八名と支店長(日本における債務者代表者でもあり、山下支店長退任後は大阪支店の支店長も兼務している。)及び二名の副支店長である。
同支店における支店長、副支店長を含む行員数の推移は、平成六年二九名、同七年二八名、同八年二六名、同九年二二名、同一〇年及び一一年二一名というものであった。
東京支店では、右の間、ほぼ毎年一ないし五名の新規採用を行ってきているが、これは期中の中途退職者の補充であり、しかも一部補充にとどまるものであった。
また、東京支店の業務のうち、債権者らが担当していた業務と同種業務である輸出信用状の通知及び信用状付輸出船積書類の再割引は、いずれもその件数が、平成八年に比し平成一〇年ではそれぞれ三割及び四割減少しており、その後も減少傾向にある。また、同じく外国向仕向、被仕向送金業務も平成一〇年一二月に債務者本店の送金事務を邦銀に委託した結果、平成一一年一月ないし五月の事務量は前年同時期に比して約一割に激減しており、その他の業務も縮小してきているため、東京支店に人員補充の必要はない。
なお、平成一〇年三月頃、当時の大阪支店副支店長山口は、従業員を個別に支店長室に呼びだし、支店の業績が悪化していること、同支店の仕事量からして従業員二名が余剰となっているが、人員を削減する方法として東京への転勤があるなどと述べて、東京支店への配置転換があり得ることを示唆する発言をしたことがある。
(三) 債務者の日本における代表者は、平成一一年三月一日、本店から大阪支店閉鎖の決定の通知を受け、同月四日、大阪支店全従業員にその旨発表し、同日、これに関する組合との第一回団体交渉が持たれた。その際、右代表者は、大阪支店従業員の処遇については未定であるが、東京支店への転勤は空きが無く無理である旨述べた。
債務者は、同月一八日付で大阪支店全従業員と組合に、東京支店への転勤はないこと、通常の退職金に加算金を支給し、転職斡旋を行うことなど条(ママ)件に希望退職を募るとの基本方針を書面で示した。
これに対し、同月二六日、組合は、債務者に対し「大阪支店閉鎖に関する要求書」と題する書面と提出して、合意が成立するまでの従業員の身分保障と、転勤希望者に対し、東京支店への配置転換を前提として、赴任費用の全額債務者負担、赴任のための特別有給休暇の付与、月四回の帰省費用債務者負担、二年間の家賃全額債務者負担、その後の家賃の九割債務者負担等の転勤条件を、また退職希望者に対しては、通常退職金に加えて年収四年分の特別退職金、臨給の退職日までの案分支給、未消化有給休暇の買い上げなどの退職条件を要求した。
同年四月五日、債務者から大阪支店全従業員に対し「大阪支店閉鎖に伴う希望退職プランの内容について」と題する書面が配付され、希望退職パッケージが示された(その詳細は、前記第二の一の2に記載のとおりである)。
これらの組合要求や債務者提案をめぐって、同年三月二九日開催の第二回の団体交渉から同年五月三一日開催の第七回までの団体交渉がもたれ、その交渉において、債務者は、当初の提案に係る希望退職パッケージのうち、通常退職金を五割増とし、追加退職金を六か月分から一二か月分に増額する等の上乗せをしたものの、一貫して東京転勤はないとしたため、組合との合意には至らず、これに応じなければ解雇する旨述べて、東京支店への配転要求は拒否した。
大阪支店従業員六名中四名は右希望退職の募集に応じたが、債権者両名はこれを拒否したため、本件解雇の通告を受けた。
2 右認定事実及び前記前提事実によって判断する。
(一) 人員整理の必要性
右認定事実によれば、在日支店の業績不振は明らかであり、とりわけ大阪支店では平成一一年度は赤字にまで転落しているのであって、業績好転に繋がる材料もなく、両支店の規模や両支店を取り巻く企業環境等からして、債務者が大阪支店閉鎖を決定したことを不当とすべき理由も見いだせない。他方、大阪支店閉鎖に伴い同支店の業務は東京支店が引き継いでいるのであるが、一般的にみても二店舗で行っていた営業を一店舗に集約すれば余剰人員が生じるのは避けられないところ、加えて、債務者では、事務量の減少などから両支店ともここ数年は人員を削減させるなどしてきたのであるから、大阪支店閉鎖によって少なからぬ余剰人員が生じたことは十分首肯できるところであり、人員整理の必要性が存したことはこれを認めることができる。
これに対し、債権者らは、在日支店の業績は良好であり、大阪支店の業績不振は閉鎖以前にその業務の一部を東京支店に集約するなどして作出されたものであるなどと主張するところ、なるほど、平成九年の支店長退任に伴い大阪支店で取り扱っていた業務の一部が東京支店に集約されており、これが大阪支店の収益減少に多少の影響を及ぼしたことは推測できないではない。
しかしながら、債務者の業績不振は、右の業務集約以前からのものであり、とりわけ、大阪支店は、支店長や副支店長の後任補充をせず、一般行員も次第に減少させるなどの人件費削減等を実施してきたにもかかわらず、在日支店が全体として業績を伸ばした平成九年度、同一〇年度においても業績を下げ続け、ついに平成一一年度には赤字にまで転落しているのであって、右業務集約の時期(平成九年一一月)からしても、このような大阪支店の業績悪化が右業務集約の結果であるとは認められない。右の業務集約は、山下支店長退任後のスイフトやテストキイの管理問題に対処するためというものであったし、対外的な信用等に配慮しなければならない金融機関において、意図的に業績悪化を作出するなどということも通常は考えがたいことである。
したがって、在日支店の営業成績が良好であったとか、大阪支店の営業不振が作出されたものであるなどということはできず、これに関する債権者らの右主張は採用できない。
(二) 本件解雇(整理解雇)の必要性
大阪支店閉鎖によって生じた余剰人員整理のために債務者が取った措置は、同支店従業員を対象に、希望退職パッケージを付して希望退職者を募集するということのみであり、これに応じなければ解雇するというものであった。
そこで、債権者らは、在日両支店は経済的、事業的に一体関係にあったなどとして、債務者には、本件解雇の(ママ)先立ち、債権者らを東京支店に配置転換させるべく検討し、そのために必要があれば東京支店においても希望退職者を募るなどの解雇回避努力を行うべき義務があったと主張する。
ところで、前記認定のとおり、大阪支店閉鎖以前から両支店とも人員を削減してきており、そのうえでなお、債務者では東京支店が大阪支店の業務を引き継いでも十分に対応が可能と判断し、大阪支店閉鎖を決定したのであるが、その後、東京支店において、大阪支店から引き継いだ業務に対応するための増員をしたとの疎明もないから、大阪支店閉鎖時には、東京支店でも人員過剰であったと認められ、そのままでは債権者ら大阪支店の従業員を東京支店に配置転換する余地はなかったものと認められる。
そうすると、問題は、債務者が行った大阪支店の従業員のみを対象とする希望退職者募集が解雇回避措置として相当なものであったか、その前提として、債務者には、東京支店でも希望退職者を募集して債権者らの解雇を回避すべき努力義務があったというべきか否かである。以下検討する。
(1) 債権者らは、在日両支店が経済的、事業的に一体関係にあったことの根拠として、債務者作成の自社紹介プロフィール(<証拠略>)には両支店が一体であることが示されていること、業界紙(<証拠略>)等でもに(ママ)両支店の業績が一括して記載され、対外的にも両支店は一体と認識されていること、債務者自身、大阪支店閉鎖後はその業務を東京支店が引き継ぐ旨の広告(<証拠略>)をしていること、就業規則に従業員の転勤規定があること、現に東京支店から大阪支店への転勤の実績があるこ(ママ)とし、大阪支店のもと副支店長が大阪支店従業員に東京支店への転勤を打診した経緯があることなどを指摘している。
債権者らが主張する、両支店の経済的、事業的に一体関係にあるということの趣旨は必ずしも明らかとはいえないが、その点はひとまず措くとして、両支店が一体関係にあることの根拠として指摘されている事実のうち、債務者の大阪支店就業規則六条に、従業員を他の支店、子会社へ転勤させる旨の規定があることは争いがなく、前記認定のとおり、大阪支店開設時に東京支店から大阪支店へ配置転換された従業員が一名いたこと、東京支店は毎年数人の従業員の新規採用を行っていること、平成一〇年三月頃、大阪支店副支店長であった山口が同支店従業員に東京支店への配置転換の可能性を示唆する発言をしたことは認めることができる。
しかしながら、就業規則の転勤規定は、使用者の包括的な配転命令権を明らかにするものであって、かかる規定があるからといって、現実の雇用条件に関わりなく配転命令が可能となるものではないし、ましてや両支店が一体関係にあると帰結できるものではない。
また、過去の転勤実績といっても大阪支店開設時という極めて特殊の事態において、東京支店から大阪支店へ一名の転勤があるのみというのであるから、これを両支店が一体関係にあったことを認定するための前例として評価することはできない。
大阪支店の副支店長山口が転勤を打診したとの点についても、債務者は、山口の独断であり、債務者としては全く関知していないと主張しているところ、債権者らの陳述書(<証拠略>)によっても、転勤の具体性については、単に「そのようになりうる可能性がある」「部署は決まっていないが作ろうと思ったら作れる」「強制はできないが上から言われたらやらなければ仕方がない」「具体的には決まっていないが希望者がいれば検討する」などという漠然とした可能性を述べたというに過ぎず、前記認定のとおり、平成一〇年三月ころは、東京支店でも業績が悪化し、それまでに人員削減を進めるなどしていた時期であるから、同支店に大阪支店からの転勤者を受け入れる余地があったとは考えられず、山口の発言は被告が主張するように山口の独断であったと認められ、これを、両支店間の一体関係やその当時の転勤の可能性の根拠とすることもできない。
さらに、債務者作成のプロフィールには、表紙に両支店が掲記されている以外、債務者の履歴や活動内容が一般的に記載されているに過ぎず、両支店の一体性を伺(ママ)わせるような記載は格別認められないし、業界紙の記事等も、他行との比較などの対外的な関係から、我が国における債務者の業績が一括して記載されているものと解され、これらをもって内部的にも両支店が一体関係にあったと認める根拠とすることはできない。
東京支店が大阪支店の営業を引き継いでいる点も、それは銀行業務という顧客との継続的な取引関係のために、大阪支店閉鎖に伴い当然に必要となる経過措置であり、このことから大阪支店存続時の両支店の独立性の有無を判断できるものではない。
以上のとおり、債権者ら指摘の事実はいずれも両支店の一体関係を推認する根拠とすることはできない。
むしろ、前記認定のとおり、大阪支店は関西以西の西日本地区の新規取引先開拓等の目的で開設されており、その営業活動の範囲や取引先は東京支店とは自ずと異なっていたと考えられるし、大阪支店の税引後利益は同支店に留保されているなど独立した採算がとられていること、従業員の採用方法も賃金等の待遇面でも両支店では異なり、大阪支店の従業員は近郊居住者から勤務地を大阪支店と明示して採用されていること(通常は、使用者側の配転命令に対し、労働者側からの勤務地限定の合意があったと主張される根拠となりうるものである)、支店開設時の例外的な一名の転勤を除いては両支店間での人事交流もなかったことなどを総合すると、大阪支店は、東京支店とは独立して別個に運営されており、少なくとも一般の従業員に関しては配置転換も予定されてはいなかったというべきである。
そうすると、両支店の一体関係を理由として、債務者が東京支店でも希望退職者募集の措置を取るべきであったと認めることはできない。
(2) 債務者のように、我が国からみて海外に本、支店を置き、わが国には東京及び大阪の二支店のみをおいて二支店独自に事業運営を行ってきている場合、そのうちの一支店を閉鎖するに当たって、いかに解雇回避のためとはいえ全社的な希望退職の募集まで要しないことは、海外転勤の現実性等を考慮すると明らかというべきである。これと同様に、他の在日支店で希望退職者の募集を行うことが必要とされるか否かも、応募者の予測、転勤の現実的な可能性、それに伴う経済的な負担、業務の停滞等の具体的な状況に即して判断されるべきであって、他に在日支店があるからといって当然かつ一律に当該他支店においても希望退職を募集しなければ整理解雇ができないとするのは相当でない。
このような観点からみると、東京支店の従業員数は大阪支店閉鎖時で支店長以下二一名(一般行員一八名)と少数であるうえ、その人員ですら、前記のとおり、債務者が退職者の後任補充を行わないなどの人員削減を実施してきた結果であり、しかもなお過剰気味であったと認められるのであるから、在籍していた従業員に任意退職の意思が無いことは自ずと把握できていたと考えられ、そのような従業員を希望退職者募集に誘導するためには相当の好条件を提示することが必要になる。
また、両支店は遠隔地にあり大阪市店の従業員を東京支店に配置転換するとすれば転居を伴う転勤とならざるを得ず、勤務地を大阪支店と明示して雇用していることやそれまでに両支店間で人事交流の実績がなかったことなどからして、大阪支店の従業員から勤務地限定の合意を理由とした配転命令拒否や転居等に伴う経済的負担の要求等があることは当然に予想されたというべきであるし、現に、債権者らや組合は、本件解雇に先立つ債務者との団体交渉において、東京支店へ配置転換を求めながら、その条件として転居費用、東京での家賃負担、帰省費用等を要求してる(ママ)。債権者らは、転勤条件はなお交渉中であり流動的であったと主張しているが、その要求内容からして大幅な譲歩は期待できず、債権者らを東京支店へ配置転換するとすれば、近郊居住者である東京支店の従業員をそのまま雇用し続ける場合に比し、債務者において相当の経済的負担を強いられることは免れない。東京支店の規模は、支店長以下従業員二〇名程度という小規模なものであるから、その経済的負担は軽視できないものというべきである。
さらに、債権者らは、陳述書(<証拠略>)において、東京支店で行われている業務の殆どを経験した旨記載しており、能力の点で東京支店の業務を遂行できないことはないにしろ、これまで現実に東京支店の業務に携わった経験はないのであるから、配置転換後に配属された業務に習熟するまでの間の業務の停滞は避けられない。
以上の諸事情に加え、もともと債務者は、積極的な業績拡大を目的として事業所の統廃合を行おうとしているのではなく、業績不振から事業を縮小しようとしているものであること、前記のとおり在日支店は独立に事業運営を行ってきており、一般従業員の在日支店間の人事交流は予定されていなかったと認められることなどを併せ勘案すると、債務者には、債権者らの解雇の(ママ)先立ち、右のような経済的負担や業務の停滞を甘受してまで、東京支店における希望退職者を募集する義務があったとまでは認められない。
(3) 右のとおり、債務者には、東京支店で希望退職者を募集する義務までは認められず、他方、本件解雇時の人員状況からして債権者らの東京支店への配置転換が困難であるとすると、大阪支店閉鎖に伴い同支店従業員の解雇は免れず、その場合の解雇回避措置としては希望退職の募集以外にない。
債務者は、優遇条件(希望退職パッケージ)を付した希望退職者の募集を行っているが、その内容も最終的には通常の五割増の退職一時金、基本給及び職務手当の一年分の追加退職金を支給したうえ、未消化の年次有給休暇の買い上げや夏季賞与の比例割合分の支給を行うというもので、従業員の当面の生活困窮に対する一応の経済的配慮は払われているし、加えて、転職斡旋サービスをも行うというものであるから、これが解雇回避の措置として不相当ということはできない。
(三) 人選の合理性
本件解雇は、債権者らのみを別異に扱ったものではなく、大阪支店従業員全員一律に希望退職を募集し、これに応じなかった債権者らを解雇したものであり、その旨の予告もされていたのであるから、人選に不合理と認めるべき点はない。
(四) 手続の妥当性
債務者は大阪支店閉鎖の発表後、組合とは前後七回の団体交渉を行い、その中で、空きがないため東京転勤は不可能であることを説明するとともに、交渉の結果、希望退職の募集条件を上乗せするなどそれなりの柔軟性を見せてきており、格別不誠実と目すべき対応は認められないから、本件解雇が手続的にも不当であったとは認められない。
3 以上を総合すると、本件解雇は、整理解雇としての有効要件を満たすものというべきであり、客観的にみて合理的な理由について一応の疎明があり、解雇権を濫用したものとは認められない。
そうすると、本件仮処分命令申立ては、被保全権利についての疎明が不十分というほかないから、その余の点について判断するまでもなく、本件仮処分決定を取り消し、債権者らの本件仮処分命令申立てをいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 松尾嘉倫)